ヤクザにしか見えないおじさんの正体
ヤクザにしか見えないおじさんの正体
私がよく利用するコインランドリーで、たまに居合わせるおじさんがいる。
角刈りに色黒で強面の顔、腕には金色の腕時計。
顔の迫力もあり、ヤクザなんじゃないかと思っていた。
最初に見た時にそのおじさんは、雑誌SPA!の山口組の抗争の記事を読んでいた。
正直、かなりびびった。震えた。
狭いコインランドリーですれ違う時の緊張感は凄いものがあった。
先日、このおじさんの正体がわかった。
その日もいつものよう私はコインランドリーにやってきた。
コインランドリーに置いてある一人がけの木製の椅子に、
ヤクザ風のおじさんは座って不良漫画ルーキーズを読んでいた。
私は洗濯物を乾燥に入れて、おじさんと適度な距離を保った場所にしゃがんで、スマホを見ていた。
すると、私の肩のあたりに立てかけられていた松葉杖が倒れてきた。
倒れてくるまで松葉杖に気が付かなかったが、どうやら松葉杖はヤクザ風のおじさんのものだった。
「ごめんね、ごめんね、大丈夫?」とヤクザ風のおじさんは私に謝ってきた。
その声は強面の印象と違い、高く優しさのあるものだった。
私は「大丈夫です」と答えながら、松葉杖を立てかけ直した。
「怪我されてるんですか?」私はせっかくの機会なので聞いてみた。
なんでも、ヤクザ風のおじさんは持病が悪化して腰をかなり痛めたらしいとのこと。
最近手術もして今は療養中とのことだった。
「あれ?意外と怖い人ではない?」わたしはそう思った。
しばらく会話したが間が空いて、乾燥機と洗濯機の回転音だけがコインランドリーに響いた。
ヤクザ風のおじさんは怪我しているし、いざとなれば逃げられるだろという、考えた末に私はヤクザ風のおじさんに尋ねた「あの、お仕事とか何されてるんですか?」
「あぁ、オレの仕事?鳶職だよ。もう元だけど」言われてみれば納得した。
確かに大工や職人の人にはこういう強面でヤクザに見える人もいる。
さらに、元鳶職のおじさんの話によると、腰の怪我をして仕事は引退して今は療養中とのことだった。5歳くらい若く見えたが年齢も60歳だということだった。
おじさんは、その後も少し仕事の話をしてくれた。
鳶職のなど職人の業界でも、最近は福利厚生をしっかりして、正社員じゃないと人が集まらないこと、怪我などの保険もしっかりしないといけないことなどを聞いた。
私はこの元鳶職のおじさんの場合も、ちゃんと保険とか適応されたのか気になった。
話しぶりの雰囲気的には、そうではないような感じがした。
どことなく寂しさと憂いを帯びたような話し方が耳に残った。
それ以上、私は何も聞かなかった。
先に洗濯が済んだ元鳶職のおじさんは、私に挨拶をしてコインランドリー出ていった。
その姿は、初めて見た時の恐ろしいものとは、すっかり変わった印象になっていた。
また会ったらもっと話してみたい。今は凄くそう思っている。
コインランドリーという空間でも他者との距離感や、コミュニケーションはなんだか不思議な魅力がある。喫茶店やバーとは違い、洗濯や乾燥が終わるまでの一時の会話。
今の時代において何だとても素敵なことのように思う。
前にもおばあさんと話し込んだことがあった。
コインランドリーがもたらす時間と空間が私はとても好きになった。